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天野さん(再掲)

Amano_2

あちらこちらのNSP関連サイトを見るにつけ
私が天野さんの急逝を知ったのは、NSPフリークの中では
かなり早い方だったようだ。
2005年7月4日月曜日。
いつもどおり、ランチをほおばりながらネットめぐりをしていて
チーコさん&KAZUKIさんのBBSにたどりつくと
岩手で「その」ニュースが伝えられたとのこと。
マウスを持つ手が震えだしていた。
すぐに本家を開く気持ちにはなれず、
とりあえずランチの残りを無理やり口に押し込んでから
「お気に入り」をクリックすると、私がマリンスタジアムで
勝利の余韻にひたっていた頃には、
もう天野さんは旅立たれていたことがわかった・・・・。

体に巣食う悪魔が見つかったのは、去年の初めだったそうである。
発見が遅く全身に転移していたとのこと。
天野さんの「それから」の走り具合は尋常ではなかった。
ひたすら全力疾走。
北海道から沖縄まで17箇所の春夏ツアー。
記録的な猛暑の中でレコーディングとファンクラブの集い。
四国ファン待望の松山をスタートにした秋ツアー。
メルパルクの日に起きた中越地震、
そのちょうど一ヵ月後に新潟で行われたファイナル。
このころには新アルバムの発売が秒読みに入っていて
全国各地を手分けしたプロモーション。
年が明けて、プロモーションの総決算とも言うべき
23年ぶりの地上波「僕らの音楽」への出演。
NACK5での坂崎さんとの競演。
ネット放送「なすのへや」への出演。
ベストセレクション2、メルパルクDVDの相次ぐ発売告知。
もちろん19年ぶりのオリジナルアルバム
「Radio Days」の発売。
そして天野さんを最後に見る機会になってしまった渋公ライブ。

がむしゃらなまでのこの活動はなんだったのだろう?
やはり、これくらい無我夢中でないと
耐えられない「痛み」「恐怖」「絶望」に
苛まれていたのではないだろうか?
「必ず帰ってくるから」も、その何%かは
自分に向けられていたのではないだろうか?
結果的に、ファンにとってはより印象深く
天野さんを記憶する機会、
そう「残像」を記憶に刻む機会を得られて
振り返れば振り返るほど天野さんの優しさを
感じざるを得ないとともに、
「気長に待っていればいつかまた会える」という
「未来」がぽっかりと抜き取られてしまった空虚感も
小さなものではなかった。
このラストスパートの中で、永遠に衰えることの無い
「デジタルの天野さん」を数多く手にすることができた
多くのファンは、CD、DVDで偲んでるみたいだけど
2日以上たっても、まだ聴くことのできない自分がいる。
聴いて泣いちゃえばいいのかもしれないけど、
多分20年以上は本気で泣いたことがないので、泣くのが怖い。

実は高校時代から25年来の友人も
ニュースを伝えるメールをくれた。
文末には「合掌」の文字。ありがたい。
彼との間では、NSPの話題なんて本当に稀にしか
出てきていないはずなのに
「知らせないわけにはいかない」と送ってくれたようである。
「私とNSP」っていうのはNSPフリークでない仲間内でも
セットメニューになっているらしい(苦笑)。
もちろん、これからもそれを放棄するつもりは無い。
天野ワールドと言うべき、すばらしき詩の世界があるゆえ
日本語圏以外を含むグローバルスタンダードには
なりえないかもしれないけど、ジャパニーズスタンダードとして
広めていけたらなぁと思う。
平賀さん、中村さんと共に。

              2005年7月6日 ふみえみ

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あれから、もう3年がたってしまったのですね。

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